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6月20日更新
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美しい川を増やしていくには、なにをすればいいのか
古座川は大きな瀬もなく、カヌーが初めての人でも楽しみながら下れる川だ。
華麗なパドリングテクニックを見せられるような川ではない。ウクレレを弾きながら下れそうな川である。
アロハリバーとでも呼ぶことにしようか。
また、ここは鮎の川としても有名である。
というわけで、鮎釣り師も多い。
鮎釣りが解禁になったばかりだったので、トラブルを心配したけど、平日ということもあり、思った以上に釣り人は少なかった。大きな川じゃないので、どうしても釣りのポイントとカヌーの通るコースが重なってしまうのだ。
「失礼。ちょっと前を通ります」と声をかけると、「おお」と竿をあげ、コースを空けてくれる。
「どこから、来た?」と、話しかけてくる人もいる。
どうやら、いま鮎釣りはよくないらしく、釣り師たちは、ひと雨降ってくれるのを待っているようだ。ぜんぜんだめだ、といいながらも機嫌のいい釣り師、というのもめずらしい。余裕なのである。すぐに、いつものようにわさわさと釣れる日が来るわ、と。
それもこれも、古座川の奥深さなのだろう。
下っていて気がついたのは、ごみの少なさだ。河原にも、川のなかにもごみが見あたらない。
じつは、古座川では毎年、「古座川クリーンアップ大作戦」と題して、カヌーで川下りをしながらごみを集める、というイベントがおこなわれている。
2週間ほど前に、そのイベントがおこなわれたばかりだった。
きれいな水に、ごみのない川。ここは、ほんと理想的な川なのである。
ひとつ残念なのは、古い橋の残骸や、くずれた護岸のコンクリートのかけらなどが川のなかに残っていることだ。
さすがのクリーンアップ大作戦でも、1メートルも2メートルもあるコンクリート破片は、だれも持ち帰ることができなかったようだ。
それにしてもこの国は、これらをごみとは考えないのだろうか。ごみを捨てるな、という看板はおせっかいなほど建っているのに、コンクリートの残骸を撤去しようとはしない。
古座川にはないが、すでに役に立っていない古い堰堤も、日本各地の川ではそのまま放置されている。
僕には、国土交通省が捨てた巨大ごみ、と思えるのだけど……。
そういえば、僕が古座川を下っていた同じころ、東京二子玉川の多摩川河川敷では、関係者が「ダメだよ、ここのごみを拾っちゃ。ここは総理が拾う場所だから」と、ごみを拾った小学生にまたごみを捨てさせ、それを安倍首相が拾い集める、てなことがおこなわれていたそうな。
「美しい日本をつくっていくため、きれいな日本をつくっていくことが大切だ」と、その日は得意満面の総理だったらしい。
ほんと、美しい話である。
いっそのこと、国土交通省が捨てた巨大ごみを、安倍首相に担いで帰ってもらいたいものだ。
でも、ひとりじゃ無理だろうから、そのときは手伝いますぞ、総理。もちろん、手柄は総理にゆずるから。
ゆったりとした流れに押され、カヌー旅は悠々とすすんでいく。
古座川の水は、河原や川底の石で濾過され、下流へ行くほど、どんどんきれいになっていく。
さらに、きれいな支流・小川(こがわ)が合流すると、ますます透明度を増してくるではないか。
やがて、夕暮れの風に乗って、潮の香りがしてきた。海が近づいてきたのだ。
川は汽水域に入ったのか、ボラがあちこちで跳ね出した。それでも、水の透明度は高いままだ。
川で遊ぶ子どもたち(おとなたちも!)が減ったと嘆くより、遊びたくなるようなこうした川を増やすことを、まずやるべきなんだろうな。
(写真=天野光豊)
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