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堀田貴之のずる休み日記 「ずる休み」という言葉に、心をびっとふるわせた人。そうです。いつまでも少年の心を持ったおじさんたちは、今日もずる休みをたくらんでいます。半日あれば、半日。二日あれば、二日。一週間あるなら、一週間。一か月暇なら、……。堀田貴之が、今日もずる休みの旅に出かけます。
第十話 3月21日更新
折りたたみ自転車で伊豆半島を巡ってみれば(前編) ペダルを踏むと、心が旅に躍り出る
自転車で遠くへ出かけるたび、思い出すことがある。はじめて自分の自転車を手にした少年時代のあの日、僕の旅がはじまったあの日のことだ。
あの日、僕は見知らぬ隣の町まで、ひとりで自転車を漕いでいった。そして案の定、帰り道がわからなくなり、暗くなりはじめた見知らぬ町角で、泣き出しそうになりながら、途方に暮れていたのだ。
そのとき、ちょっとばかり大げさにいえば、僕は「遠く」という場所が存在することを感じ、世界は計り知れないほど大きく、自分の町は小さなものでしかない、と知ったのだ。どこまでも続いている家の前の道路が、僕のあこがれとなった。
そして、思ったのだ。もっと漕げるようになったら、この町を出て行こう、と。

この春、新しい自転車を手に入れた。BD-3である。前々からのお気に入りライズ&ミュラーの折りたたみ自転車だ。
以前から乗っていたのは、ボブ・ディラン1号と名づけたBD-1だった。今度は、2号を飛ばして、いきなり3号となったわけだ。
新しいBD-3は、フレームがフルモデルチェンジされた。一体成形されたアルミ素材が中央部で溶接処理されたモノコックフレームである。風が吹き抜けるようなデザインで、低重心となり、安定した走行性とハンドリングを作り出した。
そして、ディレーラーには、シマノのインテゴシステムが採用されている。内装3段、外装8段の計24速モデルだ。この新しいフレームと幅広いギア比は、長距離旅になるほどその力を発揮してくれるだろう。
この自転車に乗って旅へ出れば、出たきりの日々が送れるかもしれないではないか。もうどこへも帰る必要がないかもしれない。 そこで、ボブ・ディラン3号“No Direction Home”と、名づけることにした。

そんなわけなので、僕はこの新しいBD-3で、長距離の旅をしたくてうずうずしていたのだ。そして、友人に声をかけた。折りたたみ自転車で春を探しに伊豆半島へ行こう、と。
この誘いに手を挙げたのは、3人。
ならば、沼津へ向かう電車のなかで集合だ、と相成った。
まずは、お隣のサイト「もういちど自転車」でおなじみの修ちゃん(山本修二)。少年時代にとりつかれた自転車熱は40年を過ぎたが、その熱にはさらに円熟味とビール消費量が加わり、充実した自転車生活を実践している男だ。じつは、僕とは古いつき合いで、同じチームで草サッカーをやっている仲でもある。
それに、ずる休み旅を何度かつき合ってもらっているカメラマンの岡ちゃん(岡野朋之)。若き日には自転車(ランドナー)で各地を旅した、という、やはり自転車熱にうなされた経験を持っている男なのだ。最近は、僕同様、折りたたみ自転車での旅につかまっている。

そして、われらがマドンナ……。
あれ? 待てど暮らせどマドンナが現れない……。
なんと、風邪のため今朝になり参加できないとの連絡が。
「せっかくずる休みしたのに風邪をひいてしまってどこへも行けない。こんなんじゃ病気になっちゃいます」てな、メールが届いたのだ。
「風邪なんかじゃなく、ほんとは、いっしょに行きたくなかったんじゃないですか」などと修ちゃんがいう。
なるほど、修ちゃんがいっしょだからと教えたからかなあ。あるいは岡ちゃんもいっしょだからといったからかな。
いや、それともやっぱりおれか……。
快晴の下、まずは沼津の港町を徘徊する。なにかうまいものはないかな、と
これで、男3人3日間の旅となったのだ。ま、しようがない。ならば、男らしく行こうではないか。
すると、修ちゃんが「じゃ、がんがん走りますか」などという。
男らしく、は撤回である。女の子がいないのに、男らしさを誇示してもしようがないではないか。ゆるゆる行こう。ゆるゆる。
「それじゃ、いつもといっしょじゃないですか。いや、僕もゆるめがいいですけど」と、岡ちゃん。
2対1である。こうして、旅はゆるゆると出発することになった。
沼津からは、戸田経由、土肥行きの高速船に乗り込む。自転車は折りたたむと手荷物になるので、別料金は不要。ラッキーである 沼津駅で自転車を組み立て、2キロほど先の沼津港へ。
天気は上々。春を感じる陽気に、すっかり浮かれてしまうのである。ペダルをひと踏みするたび、心が躍り出すのだ。背中のほうでは、でっかい富士山が、われわれを見守ってくれている。
が、これはまだまだウォーミングアップである。そして、アップが終わった途端、今度は高速船に乗って土肥(とい)へ。
自転車を本格的に漕ぎだすのは土肥からとした。しかし、沼津でウォーミングアップをしたものの、船で、体がすっかり冷えてしまった。
ならば、まずは昼飯である。
駿河湾といえば深海魚だ。なんでもここらあたりの海は海岸からすぐに深くなり、御前崎(おまえざき)と石廊崎(いろうざき)を結んだ湾口(わんこう)では、水深2,500メートルに達する、という。すぐ北には、3,000メートルを超える富士山があり、南には深海がある。浮き沈みの激しい場所なのである。
伊豆の深海魚料理は、戸田(へだ)が有名だが、土肥にもお店があった。港の人に場所を聞き、深海魚を食べられる寿司屋「かね半」へ出向く。
「これがゴソ、こっちがトロボッチ」などと店のおばさんは、聞いたことのない魚の名前を羅列する。
まずはゴソのお寿司を。桜色の白身でしっかりとした歯ごたえ。なんとなく、タイの味である。と思ったらタイの仲間らしい。あっさりとした味だ。
が、違いのわからない男には、ほかのタイとの違いはわからない。ただ、まずいだろう、と思っていた先入観はあっさりと消えてしまった。
ゴソやトロボッチなどの名前は正式名称ではなく、地元の漁師さんたちが見た目などでつけた名前だという。
続いて出てきたのは、ドンコの煮つけ。ここまでは人の手も入らないだろう、と静かな深海でのんびりと過ごしていたらいきなり網ですくわれた、という感じのびっくり眼でこっちを見ている。深海魚にとっても暮らしにくい世の中なのだろう。
駿河湾名物の深海魚をいただく。深く静かに潜行しても、こうして見つかってしまう時代なのだ
初の深海魚体験もとどこおりなく終え、ようやく本気でペダルを踏みはじめた。とすぐに、本気の登り坂が出てくるではないか。
伊豆半島はアップダウンが多いぞ、といろんな人から聞いていたが、ほんとうであった。車では何度も訪れているからもちろん知っていたが、自動車で移動するのと自分の足で漕ぎ進むのとは大きな違いである。
ここは、陸地も浮き沈みが激しいのだ。それにつられ、気持ちも浮き沈みが激しくなる。
ひたすら、今日の宿泊予定地である松崎をめざす。そうか、深海魚たちのご先祖さんも登るのがいやでどんどん潜っていったのかもしれないなあ、などと思いながら。
修ちゃんが「あれを登ろう」などといいだすんじゃないかと心配したよ 海の向こうでは、富士山があいかわらずどしんと座っている。
それにしても、修ちゃんはさすがである。もちろんしんどいのだろうけど、ぜんぜん余裕で坂道を登っていくのだ。すいすいと僕を追い抜き、片手で写真を撮っている。
でも、おだてるのはやめておいた。
「じゃ、明日は富士山にでも登りましょう」などといいだされたら大変である。

僕は、「もうすぐ松崎もうすぐ松崎」と念仏を唱えるかのようにペダルを踏むリズムに合わせてつぶやいていたのだった。
(次回4月5日更新に続く)

<山本修二の自転車日記「春の伊豆半島、男3人旅」もよろしく!>
(写真=岡野朋之)
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