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写真佐藤雅彦さん 川おやじは、今夜もひとり言
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023 旅をする石「黒曜石(こくようせき)ロード・湧別川」
北海道に人が住み始めたのは二万数千年前、最後の氷河時代とされている。トナカイやバイソンなど北方に生息する動物たちが南下をし、それらの動物を食料とした人たちが、獲物を追い北海道にやってきたと考えられている。旧石器時代に属する“最古の狩人”たちである。
湧別川上流部。黒曜石(こくようせき)の旅はここから始まった
オホーツク海に注ぐ湧別川の上流部、旧白滝村には旧石器時代の遺跡が数多く確認されている。彼らは主に黒曜石(こくようせき)という素材で様々な石器を作り、狩猟や生活の道具として使っていた。火山のマグマが急激に冷えてできるガラス質の黒曜石は、割れ口が鋭く、加工もしやすいことから石器づくりには最適の素材だ。
しかし、この黒曜石が採れる場所は決して多くはない。産地から遠く離れた遺跡では黒曜石の石器割合が低くなり、小さな破片をていねいに加工し直し、けなげに再利用されたものも出土してくるのだが、この白滝遺跡群はちょっと様子が違う。発掘された石器のほとんどが黒曜石を使ったもので、出土した石器や加工の際にでる破片の量、その大きさも半端ではない。何かが気に入らなかったか、大きな原石を大胆に割ってそのまま使わずじまいになってしまったものや、芸術作品とも思えるような細かな加工をほどこした尖頭器(せんとうき)などが、そのままの状態で出てくることもある。
貴重な素材である黒曜石を吟味しながら、大胆に使えるのには訳があった。遺跡近くの赤石山には推定約60億トンともいわれる、膨大な量の黒曜石が埋蔵されていたのだ。白滝に暮らした旧石器時代の人たちは、山から無尽蔵に供給される天然資源の黒曜石をぜいたくに使ったバブリーな暮らしをしていたのでは……? と、うらやましく思ってしまうほどだ。
旧白滝村、赤石山産の黒曜石。割れ口が鋭く輝いている/鹿の角先を押しあて、剥がし取るように鋭い刃を調製加工する“押圧剥離”(おうあつはくり)/現代の名工が作ったナイフを使ってみる。実用に十分な切れ味だ
蘇る旧石器時代の技。名工の手で美しく仕上げられた石器
旧石器時代にバブルがあったかどうかは別として、旧白滝村を流れる湧別川沿いの地域は、黒曜石の一大供給地であり、優れた石器づくりの職人集団がいた生産基地だったのではないかと考えられる。石材の採取・運搬・石器制作・移出を分業しながらおこなっていたようだ。
白滝産の黒曜石は北海道各地や東北地方の遺跡だけではなく、サハリンや遠くシベリア大陸の遺跡からも出土している。海を渡り、山河を越えて千キロもの旅をしたのである。先史の人たちがどのようにして黒曜石を運び出したのかは定かではないが、“黒曜石ロード”ともいうべきネットワークによって結ばれ、人の手によって運ばれていったのだ。そして、そこからもっと遠く。白滝産の黒曜石は最古の狩人たちの魂と共に旅を続けていったに違いない。

「川おやじは、今夜もひとり言」今回をもちまして、ひとまず終了となります。全23話にお付き合いをいただきました皆様、誠にありがとうございました。

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