中国地方にはたたらの遺構が数多くある。
なぜこの地域でたたらが盛んにおこなわれたか、一言でいえば「花崗岩地帯だったから」ということである。花崗岩には鉄の成分が多く含まれている。明治時代までは全国の鉄生産量の90パーセントを中国地方から生産していたというから、一大コンビナートがここにあったということになる。
江の川流域でも、たたら遺構が多く見られる。
広島県西城町の比婆山には、風化した花崗岩の土を水に流し砂鉄を採取していた水路の跡が鮮明に残っている。この付近の山々は人為的に掘られた不自然な風景が多く見られ、その規模は想像以上である。
島根県川本町には「創天秤鞴(ふいご)記」と記された石碑があり、地元の大工清三郎が1700年代に天秤鞴を考案したとされる。また、町内に「濁川」という地名が残っており、かんな流しによって川がいつも濁っていたことが想像される。
江の川は、これら鉄を運ぶ大動脈だった。
主な要衝地には川番所が置かれ、抜け荷などの不正を厳重に監視していた。船で急流を行き来する際に事故も多かったとみえ、川沿いには金比羅神社や水神社、住吉神社など航海安全の神さまが今でも大切に守られている。
中国地方の川を訪ね歩く時、「たたら」は重要なキーワードとして頭の隅に置いていた方がいい。 |